前回記事から恐ろしく時間が経ってしまいました。
一週間過ぎたあたりから、そろそろ更新しないとやばいなぁとは思っていたのですが、
これだけ時間が経ってしまうと、アレですね。全米が泣くくらいの大作に仕上げないといけない気がしていよいよ世に出てきづらくなりますね。これを世間一般的に自意識過剰と呼ぶんでしょうね。あはは。
とりあえず、そちらの記事の続きは後日に回すとして(回すんかい)、今日は思ったことを簡単に。
自分の会社を立ち上げてここ2ヶ月ほど、他人が私を形容してくれる言葉がおよそ3つに集約されるようになってきたことに気づきました。
事業拡大にあたって、私は今「ブランド戦略」を体系的に学ぼうとしていますが、世間一般で言われる「ブランド戦略」「ブランディング」の言葉ってどこか、上っ面だけの対外的な仮面、みたいなイメージがありません?企業や、あるいは個人が外側だけをラベリングして、“こう見てほしい”を案に他者へ強要する不文律のような。
でも「ブランド戦略」って本当は、経営戦略であり、マーケティング戦略であり、コミュニケーション戦略でもある、経営目的を達成するための包括的な取り組みのこと。その前提には、ビジネスの中核ともなるビジョン・ミッション・バリューがないと成り立たないのです。もちろんそれは、個人のブランドアイデンティティを創出するパーソナルブランディングであってもそう。その人の「本質」から描き出すビジョンやミッションなどの想いがあってはじめて、バリューという行動指針が定まってくる。
とすれば、私が自分自身のビジョンを持って対外的に表現し始めた今、不特定多数の人々に(全く違う状況下であっても)同じ言葉で評されるようになったことは、自然なことだと思ったのです。今のところの話ではあるけれど、内側の想いが定まっているから、振る舞いや言葉のチョイスにも統一感が出ているんですよね。
だからきっと、「ブランド戦略」に必要なのは小手先の技術ではなくて、哲学や美学、もっと突き詰められたエッセンシャルな想いなのではないかと。
自分はどんな社会を望み、どんな風に実現化に寄与できるか。
そんなことを日々自問自答していったのなら実は、あらかたの「ブランド戦略」は完成してしまうのではないかな。
まだまだ一丁前なことを語れる身分ではありませんが、なんとなく書き留めておきたくて。これから「ブランド戦略」の学びを深めていく中で、どんなことを感じたり学んだりするんだろう。新しい冒険のようで、ちょっとワクワク。
▲ピザ越しの肉寿司越しの語り合う仲間たち。一人で仕事していると、こういう時間がたまらなく愛しい。
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